彼女には、触れた相手を必ず一週間以内に殺してしまうという呪われた力がある。
詳しく説明すると、彼女が誰かに触れるとそこに種が植え付けられる。その種は生気を栄養にして成長し、花が咲くと苗床になった者は死んでしまう、というものだ。
当然彼女の親も例外ではない。
愛しい我が子の手を握った父も母も、美しい花を咲かせて死んでいった。
幼い頃は『可哀相な子』と言われて可愛がられていたが、あまりにも彼女の周りで人が死ぬものだから、『不幸な子』、そして今では『呪われた子』へと呼び名が変わっていった。

そんな彼女の名は…

「…イル…レイル!」
やわらかい声に目を開けると、淡いクリーム色の髪が見えた。
「…ソフィー…?どうかしたのか?」
「それはこっちの台詞ですっ だいぶ魘されていましたよ」
レイルはゆっくり起き上がりベッドから降りた。
ここはソフィーの屋敷の一室である。
レイルは現在、呪いを打ち消す力を持っている(と思われる)ソフィーのところに居候中だ。
「…懐かしい夢を見た」
濃い紫色の髪を払って、レイルが呟く。
「懐かしい夢?それで魘されていたんですか?」
ソフィーはテーブルの方へ歩いていき、右手でモーニングティーを勧めた。
首を軽く振って“NO”を示すと、レイルはソフィーから貰った服ではなく服と呼ぶには少々気が引けるワンピースに手を伸ばす。
「レイル、どうして私が差し上げた服を着ないのですか?」
悲しそうな表情を浮かべてソフィーが問う。
「あんなヒラヒラした服は俺の好みじゃないんでね。それに、こっちの方が着やすいし落ち着く」
レイルはワンピースの裾をつまむと、意地悪く微笑んだ。
   *   *   *   
「この人殺し…!」
朝食を食べた後、落ち着かないからと屋敷を出たレイルに、いきなり罵声が浴びせられた。
「…なんだ、お前」
こんな朝から見知らぬ人に罵られて、レイルは目つきを鋭くする。
罵声を浴びせてきたのは少女だった。
レイルと同じくらいの年齢だろう。黒いショートヘアを揺らしてレイルを睨んでいる。
「私のおばあちゃんはアンタに殺されたのよ!おばあちゃんはアンタに触られた日から急に具合が悪くなったって言ってた…どうしてくれるの!?」
少女は一気にそう吐き出すと、レイルに歩み寄った。
「覚えてないな」
冷静すぎる一言に、少女はわなわなと腕を震わせて
「最低!!」
と叫んで走り去って行った。
レイルはいつものことだと言わんばかりに短く溜息をついて歩き出す。
「人殺し、か…」
懐かしい響きだ、とレイルは思った。
子供の頃はよく言われていたけれど、レイルの呪われた力の事が街中に知れ渡ってからはほとんど言われなくなった。
レイルが人に一切触れなくなったから、というのもあるのだが。
   *   *   *
次の日、ソフィーの買い物に無理やり付き合わされていたレイルの前に見覚えのあるショートヘアの少女が現れた。
「…お前、昨日の…?」
「? レイルの知り合いですか?」
ソフィーが足を止めて振り返る。
「呑気なものね…あたしの気持ちも知らないで楽しく買い物なんて」
「……」
他の買い物客が怪訝な顔をして通り過ぎて行く。
「…何がしたいのか知らねぇが、話だけは聞いてやる。来い」
レイルは足早に店を出ると人通りの少ない路地に入った。
そして、渋々ついて来た少女をちらりと見ると、立ち止まった。
「ところで、お前 名前は?」
「は?何であたしが名乗らなきゃいけないのよ」
少女の眉間に皺が寄る。
「名前を聞いたら何か思い出すかも知れねぇだろ」
少女は不満そうにレイルを睨んだが、もっともな意見だと思ったのか
「…メイリア」
と呟くように言った。
レイルは、軽く目を伏せて記憶の中にその名があるか探した。
「…メイリア…そんな名前を言っていた奴がいたような…」
途端、少女――メイリアは眉間の皺を深くした。
「やっぱりアンタが殺したんでしょ!?おばあちゃんは何の罪もない優しい人だったのに…あたし達家族に謝って!!」
レイルがぴくりと反応する。
「それは間違いだ」
「…え…?」
突然予想もしない言葉を放たれて、メイリアは一瞬動きを止める。
「小さかった頃は訳も分からずに人に触れて死なせたこともあったが、今は全く人に触れていない」
ソフィーの事が頭をよぎったが、今は彼女は無関係だ。話す必要はない。
「よっぽどの事がない限り……あぁ」
レイルは口元に手を当ててにやりと笑った。
「もしかして、あの失礼な婆さんか」

「汚い子供ね。早くそこからどきなさいよ」
ケープを被った老婦人が、地面に座り込むレイルを疎ましそうに睨みつける。
「…どうして」
「アンタが寄りかかってるその壁は私の家の壁なのよ。もうすぐ孫のメイリアが遊びに来るんだから、とっととどっかに行っておくれ」
レイルが立ち上がって裾の砂を払うと、老婦人はあからさまに嫌そうな顔をした。
「まったく…なんでこの地区はこんなに孤児が多いんだろうねぇ…ちょっと路地に入ればすぐこれだ」
鋭く睨んだレイルの視線に、老婦人は気付かない。
そして、深々と溜息をつくと
「どうしてアンタみたいなのが生まれてきたのか、教えてもらいたいくらいだよ」
と言った。
「…それは…俺に言ってんのか…?」
レイルはそう問うて、ぐっと歯を食いしばる。
老婦人は少し驚いた顔をしたが、
「アンタもそうだけど、その辺に転がってる他の孤児たちにも聞きたいね」
そう答えて、レイルに背を向けた。
「まぁもっとも、アンタ達に生きてる価値なんてないんだから聞いても無駄だろうけど」
「…!!」
その瞬間、レイルは老婦人の胸ぐらを掴んでいた。
「生きてる価値がねぇのはテメェの方だ!」
そう言い放って、もう片方の手で老婦人の腕を思い切り握り、種を植え付けた。

「…おばあちゃんが…そんな酷いことを言ってたなんて…」
メイリアは地面に膝をつき、涙を流した。
「あの婆さんは、俺だけならまだしも他の孤児達の存在まで否定しやがった。これはその罰だ」
レイルが怒りを押し殺してそう言うと、メイリアは涙を湛えたままの瞳でレイルを睨みつけた。
「何よ偉そうに!確かにおばあちゃんも悪いけど、アンタに人を裁く権利はないわ!!」
「じゃあお前は」
押し殺していた怒りが滲み出てくる。
「あの婆さんが他人の生きる権利を否定してでも生きていて欲しい人だったと思うか…?」
メイリアがレイルを見たまま凍りついた。
「そんな奴いないんだよ。いて良い訳がない。人の存在価値を否定して良い奴なんて…」
レイルは目を伏せて涙を堪えた。
一方メイリアは涙を拭うこともせず泣き崩れている。
「…これでわかったか?お前の婆さんは殺されたんじゃなくて報いを受けたんだ」
重すぎる罪の。
涙を拭い、真っ赤に腫れた目を上げると、メイリアは
「あ…あたし…あなたに酷い事を…」
と鼻をすすりながら言った。
「あぁ…“人殺し”とか言ってたな。いいよもう気にしてねぇから。少し腹は立ったけど」
言って、レイルは苦笑する。
「許して…くれるの…?」
さっきとは打って変わった弱気な口調で、メイリアはレイルに問う。
「…じゃあせめて、お前の家族の誤解も解いておいてくれよ。それでいいから」
ソフィーに呼ばれ、レイルはメイリアに背を向けた。
「それじゃ」
「あっ あの!」
レイルを呼び止めて、メイリアはゆっくりと立ち上がった。
「人殺し扱いして、ホントにごめんなさい。それから…ありがとう。本当の事を話してくれて」
初めてレイルに微笑みかける。
「…あぁ」
レイルは短く返事をした。
「そういえば、あなた名前は…?」
「俺の名前は聞かない方が良い。俺の事は忘れて普通に過ごしな」
そう言って、再びソフィーの方に歩き出す。
   *   *   *
「…レイル、さっきの方と何を話していたんです?泣いていたようですけど…」
ソフィーの問いに、レイルは珍しく嬉しそうに
「もういいんだよ」
と答えた。
「もう終わった事だから」