「…まったく、馬鹿じゃないの?」
手の平に収まるほどの大きさの木の実をいくつか抱えて戻ってきた栞は、レイの足を見るなりそう言った。
栞が食べ物を採りに行っている間に足の腫れは更に酷くなり、情けない話だが立ち上がることも出来なくなっていた。
「悪いな、迷惑かけて」
どう答えていいのか分からないので、とりあえず謝っておく。
すると栞は一瞬驚いたような表情になり、それから焦ったように
「べ、別に迷惑なんかじゃ…」
と言った。
「意味がなかったとはいえ、一応あたしを助けようとしてこうなったわけだし?だから…責任、とらないと」
言いながら、栞は抱えていた木の実を地面に置いた。
「火おこすから、ちょっと待ってて」
辺りに落ちている枝をいくつか拾うと、栞はそれをレイが座っている斜め前あたりに集めた。
そして枝の上に手をかざし、軽く目を伏せて何かを唱える。
「…!」
ぱちっと小さく枝が爆ぜる音がして、火の粉が見て取れた。
「すごいな あんた。火もおこせるのか」
レイが炎の出始めた枝を見ながらそう言うと、栞は得意げな表情で
「数少ないあたしの特権ってとこかな」
と言った。
そして、太めの枝を何本か足す。
「あたしに許された能力は、この山の実り具合を調整することと、怪我の回復を早めること。 それと、火をおこせることくらい。でも火をおこすって言っても、焚き火が出来る程度のものだけだし…。 神だとか言ってても、所詮こんなものなのよ」
「……」
突然饒舌になった栞を、レイはぽかんとした顔で見ていた。
栞の表情は心なしかかげり気味である。
「……」
沈黙の中に、焚き火のぱちぱちという音だけが響く。
「…さ!ご飯を食べましょうか」
栞は手を合わせると、そう微笑んだ。
「お…おぅ」
返事をしながら、レイは栞の笑顔が空元気だとわかって複雑な気分になった。
自分に気を遣う必要など無いというのに。
栞が自分を卑下して落ち込む理由も、それを隠す理由も レイには全く検討もつかなかったが、ただ、栞の浮かない顔は見たくない、と思ったのだ。
何故かは分からないが。
「何よ、変な顔しちゃって」
栞は木の実の一つを手に取ると、しゃがんでレイの顔を覗きこんだ。
当然『栞が無理をしていると思って心配になった』なんてこと言える訳もなく、早口で
「いや、なんでもないよ。それより美味いのか?この実」
と誤魔化した。
すると栞は驚いて
「えっ貴方知らないの?これすごく美味しいのよ」
と言ってから、
「しかも年に2,3回しか採れない珍しいものなんだから」
と付け足した。
「はい、だからありがたく受け取りなさい」
レイの目の前に、木の実をずいと差し出す。
「あ…ありがとう」
言いながら、レイはとても美味しそうには見えない青緑色の木の実を受け取った。
そして、思い切って噛り付く。
「軽く火を通すといい味が…って、何してるのよ!」
――そういう事は先に言ってくれ。
栞に背を向け、口の中のとてつもなく酸っぱいものを堪えながら、レイはそう思ったのだった。
すっかり夜も更け、辺りは栞の言った通り、真っ暗になっていた。
焚き火を背にすると、何も見えないくらいだ。
食事の後、栞に怪我の回復を早める能力を使ってもらったので、足の腫れはそのままだが 痛みは引いていた。
「悪いな、色々とさせちまって」
レイが向かいの木に寄りかかる栞に声をかけると、栞は眠そうな様子で
「別に…気にしなくていいわよ。能力を使うなんてよくあることだし…」
と言った。
口ではそう言っているが、さすがに疲れているようだ。
何度も瞬きをして、眠気をこらえている。
「俺は動けないからここで寝るけど、あんたは上で寝ていいんだぜ」
言いながら、レイは頭上の“家”を指した。
「…あ…うん……そうだね…」
既に寝かかっていたのか、栞は随分間をあけてゆっくり返事をした。
そして、軽く目をこすり、よろりと立ち上がる。
そのまま木の横まで歩いて来たのはいいが、眠気の所為で力が入らないのか登れないでいる。
初めて木登りに挑んだ子供のように、少し登ってはずるずると落ちて、を繰り返している。
「お…おい、大丈夫かよ…」
「…う…平気…よ」
もう返事すらもあやふやだ。相当寝ぼけてしまっているらしい。
「しっかりしろよ…っておい!」
登ることを諦めたのか、栞はレイの横にどさっと落ちた。
落ちたといっても大した距離ではないが。
「……ん…」
栞はゆっくりと移動すると、レイの膝に凭れた。
いわゆる膝枕である。
「ちょ…このまま寝るつもりかよ…!」
普通膝枕は男が女にしてもらうものではないのか。
「いやそうじゃなくて!」
レイは栞の肩をゆすって起こそうとしたが、栞はもう寝てしまったようで
「うぅーん…」
と甘えるような声を出しただけだった。
「……どうしろって言うんだよ…!」
呟いて、ぐしゃぐしゃと頭をかく。
移動しようにも、足首にあまり負担はかけられない。
それに、栞からも「怪我の回復を早める能力を使った後は、なるべく動かない方がいい」と言われているので、
安易に動いていいのか分からない。
「……」
――こんな状況で、寝られるわけがないだろう。
心の中でそう呟きながら、レイは助けを求めるように 聳え立つ巨木を見た。
レイも男だ。無心ではいられない。
時折漏れる栞の声や、ぴくぴくと動く耳がレイを妙な気分にさせる。
無理やり顔を逸らして栞を視界から外し、レイは深いため息をついた。
そして、もうどうしようもないか、と腹を括る。
この時、焚き火の木が爆ぜる音に混じって 遠くで足音がしたのだが、レイは気付くことができなかった。