食事の後、言っていた通り 栞は荒らされていたという餌場(?)を見に出かけ、またしてもレイは留守番をしていた。
暇だ…と心の中で呟く。
足を怪我していなければ、一緒に行ってやることも出来たのに。
栞の話だと、足の怪我はこのまま安静にしていれば夕方には完治するらしい。
「……」
少し、左膝を曲げて足を立ててみる。痛みはない。
試しに寄りかかっている木に手をつき、立ち上がってみた。
「お」
そのまま辺りをぐるぐると歩き回る。ここまでは特に問題ない。
しかし左足に体重をのせると、ツンと痛みが走った。
確かに、ほとんど治っているようだ。これなら夕方まで世話にならずとも、もっと早くここを発てるかも知れない。
――栞が戻ってきたら挨拶でもして、それで終わりにしよう。あまり長く居るのも悪いしな。
そう思って、レイは再び木に手をついて座り 栞の帰りを待った。


「……遅い…」
少しイラついた声で言う。
栞が出かけたままどれくらい経ったのだろうか。
あまりの暇さについ居眠りをしてしまったせいで、今がいつなのか分からない。ここからでは太陽の傾きもほとんど見えないため、推測もしづらい。
それでも木の隙間を探そうと見上げていると、外套が何かに引っ張られる感覚があった。
「ん?」
見ると、一匹の狐がレイの外套の裾を噛んでいた。
「こーら。離してくれ」
レイは裾を弱く引っ張り返して言う。
すると、狐は噛むのをやめ 今度はレイの周りをくるくると走り回り始めた。そして時々立ち止まっては、レイを見上げてくる。
「……どうかしたのか?」
こんなに自分に対して接触してくるということは、何か伝えたいことでもあるのだろうか。
言葉が理解出来たのか、狐はレイと目を合わせると 栞の餌場がある方向を見た。
「…まさか、栞に何かあったのか?」
レイがさらに問うと、狐はレイを見上げ 肯定するように鳴いた。
「…!」
行かなければ、と思うより先に レイは立ち上がって駆け出していた。
“あたしの仕事だわ”
栞はああ言っていたが、レイにはやはり黙って放っておくことは出来ない。足など治っていなくても構うものか。
すぐに狐がレイを追い越し、道案内するように進む道を示す。
それを頼りに、獣道とすら呼べないような草木の隙間や レイがぎりぎり通れるくらいの木の間を進んでいく。
――確かにこれじゃ、栞以外はなかなか辿り着けないな…。
そう思っていると、藪の向こうに少し開けた空間が見えた。
「いい加減にして!」
「!」
栞の声だ。ひとまずそこに居ることが分かり、レイは小さく安堵する。
「いいじゃねぇか〜姉ちゃん。ケチケチすんなよぉ」
しかし次に聞こえてきたのは、低い男の声だった。しかも、掠れた汚い響きの。
「待ちなさいよ!さっきと話が違うじゃない!!」
「あ?何の話かなぁ?」
別の男の声が聞こえて、それから男達の下衆い笑い声が響いた。どうやら藪の向こうには、栞と二人の男がいるようだ。
レイは湧き上がる怒りを抑えながら、気配を消して栞達の姿が見えるところまで近付く。
すると、無精髭を生やした男と 髪を編みこんだ男が、地面にどっかりと座り込み辺りの果実を手当たり次第にもぎ取っていた。
「最大でも一人10、合わせて20までと言ったでしょ!?もう超えてるわよ!」
栞は外套のフードを目深に被り、耳を隠している。
「あー…んなこと言ったかなぁ〜」
適当な相槌を打ちつつ、男達は手を止めない。
「…貴方たち…!!」
我慢が限界に達したのか、外套の下の栞の表情が怒りに歪む。腕をわなわなと震わせ、歯を食いしばっている。
「だぁから、そんなに怒んなって。キレイな顔が台無しだぜぇ?」
男達は尚も栞の言葉を受け流し、にやにやと笑みを浮かべながら手を動かし続ける。
「それ以上あたしに無礼をはたらくなら、本気で痛い目に遭わすわよ」
それは栞にとって、おそらく最大の脅し文句だったのだろう。
しかし、それを聞いた髭の男はぴくりと反応すると、
「へぇ…?」
と振り向き 醜く笑って栞を見た。
「…な、何よ。終わったなら早く…」
「嬢ちゃんが俺たちを痛い目に遭わせるって言うんなら、俺たちもお返しを考えないとなァ…」
言いながら、ゆっくりと立ち上がる。
「ちょ、何…?」
髭の男が身構える栞に近付くと、腕を掴み強引に組み敷いた。
「きゃっ…!」
その小さな悲鳴が聞こえた瞬間、レイは何も考えずに藪から飛び出した。


神にだって、プライドというものはある。
だからあたしは、貴方に対して意地を張った。強がった。
でも本当は、あたししか知らないあの場所が何者かに侵入されるということは そんなに軽い問題ではないの。
それでも、あたしは一人でなんとかしなくてはならない。それがあたし達狐に許され、同時に与えられた使命だから。
なのに今回、あたしは自分の非力さを改めて思い知らされた。
侵入者の存在に気付くことも出来ず、追い出すことも出来ず、あまつさえこんな風に力負けして追い詰められて。
いくら焚き火を起こせても、山の実りを調整できても、人間の女の身体では 敵から人間を守るには限界がある。
それでは、あたしがいる意味がないのに。
――あぁ、悔しい…!
そう思った瞬間、あたしを押さえつけていた男が何者かに頭を蹴られ 地面に転がった。