「ぐぁ…っ!」
レイが蹴り飛ばした男は地面を転がり、反対側の藪にぶつかって止まった。
「栞、大丈夫か」
「貴方…!」
勢いよく起き上がると、栞は目を見開いた。
どうやら無事のようだ。
「どうやってここへ…」
「その話は後だ」
レイは栞の言葉を遮る。
倒れていた男がゆっくりと起き上がり、こちらを睨んだからだ。
「…ってぇな…随分乱暴なことするじゃねーか兄ちゃん…!」
男は頭を押さえながら立ち上がる。その横に、編みこみの男が並び、口を開く。
「その嬢ちゃんはあんたの恋人かい?あんたら、長続きしないね」
「は…っ!?」
栞がレイの後ろで、動揺した声を上げた。
レイはその一瞬に懐から短剣を引き抜くと、まだ頭を押さえていた男の首元目がけ飛びかかる。
「うおっ」
男は一歩後ずさってそれをかわすと、レイの手首を掴み短剣を叩き落とした。
「っ!」
「おいおい、剣なんて危ねえもん使うなんて野暮だぜ?」
言いながら、男は空いている手で自分の髭をなぞり 手首を掴む力えお強める。
この男、ただの酔っ払ったゴロツキではないらしい。
睨み合っている間に、もう一人の男がレイの背後へまわる。
「…レイ…」
少し遠くから、栞の心配そうな声が聞こえた。
「おいおい、まさかもう降参かよ?」
背後の編みこみの男が嘲るように言う。
レイが何も言わずにいると、正面の髭の男もにやりと笑ってレイの腕を掴んだ手を上げ 自分の方へ引き寄せた。
「!」
その瞬間、レイは掴まれている手に全体重を任せると、ぶら下がるように男の腹に強烈な蹴りをお見舞いした。
「かっは…ッ」
レイの足にも大きな衝撃が加わり、一瞬痺れるような痛みが走る。
髭の男は白目をむかんばかりに目を見開き、ドッという重い音と共に地面に倒れこんだ。
掴まれていた腕がようやく自由になる。
「て、テメェ…!!」
編みこみの男が声を荒らげた。
余裕なさげに辺りをきょろきょろと見回すと、さっき叩き落とされたレイの短剣を拾い上げ レイに向ける。
「…剣は野暮なんじゃなかったのか?」
「う、うるせぇッ!!!」
焦っているのか、レイのからかうような言葉にも大声を上げる。
「な、なめんじゃねえぞクソ餓鬼が…!!」
そう叫びながら一直線に向かってきた男を、レイはひらりとかわす。
そして勢い余ってよろめいた男の手首を掴むと、肘で思い切り項を叩いた。
「う゛っ…!」
男は小さく呻くと、剣を離し その場に蹲る。
最後に落とした剣を回収して、レイは一件落着と言わんばかりに息を吐いた。
「レイ!大丈夫なの?」
こちらに駆け寄りながら、栞が問う。
「あぁ。こいつらはしばらく動けないだろ…」
「そうじゃなくて、貴方の足のこと!」
栞が声を荒らげる。
驚いて見ると、栞は少し苛立ったような表情でレイを睨んでいた。
「あんな真似して、せっかく治りかけていた足 また痛めたでしょ!?」
レイはぎくりと一瞬眉間に皺を寄せたが、
「いや…これくらい平気だよ。大したことないさ」
と冷静を装って答えた。
「……」
栞は納得しない様子でレイの足をしばらく見つめると、
「っい゛…!!?」
思い切り蹴った。
いつもなら 素足の少女に蹴られたところで何ともないのだが、今回はそうはいかない。
レイの足首は栞の蹴りに呆気なく悲鳴をあげ、情けない声を出してしまう。
「…ってぇ――…」
思わず蹲って足を押さえそうになるが、それは流石に格好悪すぎて見せられない。
栞は「ふん」と鼻を鳴らすと、
「神に嘘を吐くなんて罰当たりな人ね」
と言った。
「あ、あはは…」
どうやら強がらせてはくれないようだ。
「…でも、また助けられちゃったわね」
え、と栞を見ると 少し悔しそうに、そして照れくさそうに目線を逸らしていた。
「本当にありがとう。あたしが二度もお礼を言うなんて、きっと貴方が初めてよ」
言って、はにかむように微笑む。
つられてレイも笑みを浮かべ、
「そりゃ、光栄だな」
と答えた。
「ところで栞、こいつらどうやってここに侵入したんだ?」
不意に、レイが疑問に思っていたことを口にすると、栞は
「う゛っ…」
と眉を寄せた。
「……不甲斐無い話だけれど、昨日ここに来た時に後をつけられていたみたいなの。今度から狐達に見張りを頼もうかしら…」
気付けなかったことを悔いているのか、しゅんと耳を伏せて言う。
その男達はどうなったかと言うと、二人が話している間に 森の狐達が男の服を咥え、ずるずると何処かへ引きずって行ってしまっていた。
山の外にでも放り出すのだろうか。
「…ということで、貴方はあと二日 あたしのところで大人しくしていなさい」
「おー……。…は!?」
狐達が去っていった方をぼんやりと眺めながら返事をしたため、数秒遅れて驚きが訪れる。
「なんでそうなるんだよ!?」
慌ててレイが栞に向き直って問うと、
「だって、あたしの所為で怪我をしたのに、完治させずに送り出すなんて後味が悪いじゃない」
栞はしれっと答えた。
「いやでも、もう治ったようなものだし…」
「なにか文句でも?」
「……いえ」
拒否権はないらしい。
「…お礼くらいさせて頂戴?」
そう言って首を傾げ レイを見上げた栞に、レイは
「…あぁ。ありがたく受け取らせてもらうよ」
と答えるしかないのだった。


その後レイは、栞の監視の下 きっちり二日間足を治すのに専念させられた。
「もう大丈夫ね」
栞が満足げに言う。
確かに、足にはもう腫れも痛みも全くない。
「休んで良かったよ」
とレイが微笑むと、栞は一瞬驚いたのか 間を空けて
「ま、まぁ あたしが手当てしたんだから、完治して当然よ」
と胸を張った。
出会ってすぐの頃は 随分偉そうだなぁと感じたこの態度も、今では照れ隠しなのだろうかと思えるようになった。
「貴方、これから山を越えて北に向かうって言っていたわよね?」
「あぁ」
足を治すために大人しくしていた間、レイと栞はいろいろな話をした。
10年近く国を離れていたから、各地の街を回りたいのだということも。
「北をまわって、海岸沿いから南へ行くつもりだよ」
レイの言葉に、
「そう」
と相槌を打つと、栞は外套を羽織り
「じゃあ最後に、楽に山を越えられる近道 教えてあげるわ。ついてらっしゃい」
相変わらずの強気な笑顔でそういった。